「戦争があったんだ」という歌を歌い続けるために。
今年、「戦争があったんだ」という歌を作って歌っている。僕の住んでいるこんなのどかな村でも戦争は多くの人たちの心に傷跡を残している。誰だって戦争する事がいいとは思ってはいない。しかし世界で戦争のない時は、有史以来1分たりともないであろう。何かの理由で人を殺しているのである。私たちの世代は「戦争はいけない」「二度と戦争をしてはいけない」と簡単に口にするが、戦争について未経験な僕はどれだけの事を知ったうえで「戦争反対」と言っているのだろうか。はたして「戦争反対」と言う資格が自分にあるのだろうか。周りに戦争を経験した人たちがたくさんいるのに、戦争の話を聞こうともせず「戦争はいけない」と言っている。
地元祖生の方が書かれた「郷土の戦争体験記」を読んで、僕ははじめて戦争を意識するようになった。つい半年前の事である。
「戦争があったんだ」という歌は自分がいかに戦争について何も知らなかったかを歌にしたものである。
僕は自分が思った事、感じた事、その中で大事だと思う事を歌にしている。したがって自分の歌と生活がかけ離れていたら自分の作った歌でも歌う資格がないと思う。戦争について何も知らない自分に気がついていながら、戦争について知ろうと努力しないとしたら、戦争を知らない事が自分の中で大して重要ではないのだ。重要でない事を大真面目に歌うなら、僕は偽善者である。そうならないように僕なりに努力している。
最近ある人にこのCDを送ったが、この人のご主人が沖縄県出身で、ご主人はこの歌を作ったいきさつの文章を読んで”この歌はまだ聴けない”と言われた。日本で唯一あの戦争で地上戦が行われ、今もなお多くの米軍基地があり、長い間アメリカの統治下におかれた歴史をかかえる沖縄の人は、僕らとはまた違った心情なのだろう。
「戦争があったんだ」という歌を今後も歌い続けるために、僕はもっともっと戦争の事を知らなければいけないと思っている。